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延命寺 寺とパソコン~番外編~

 

title 寺とパソコン~番外編~

(2) ローマ字に振り仮名はつけられるか

 

『季刊民族学』78号で梅棹氏は日本語をローマ字で書くことを主張しているがこれは 是であり否である。四声アクセントのないままに漢語を使用すれば同音意義語(これ自体が同音意義語で書き誤りかねない)が増えてしまう。同音意義語だけでなく冒頭陳述を略して「冒陳」職務質問は「職質」とはなんという略語だろうか。
「陳述」・「質問」では不正確だが冒頭以外の陳述や警官の職務以外の質問を報道することがどのくらいあるだろうか。耳で聞いてもわかりやすい言葉を使うべきなのは情報を伝えるうえで当然のことだ。

新しい物事をどう書くか
しかし和語で「はかる」ですむところを「計・測・量・図・謀」などと書き分けるのは面倒なことであるが語義の使い分けの上では役立った。長さを「はかる」のも重さを「はかる」のも日本語の中では使い分ける必要は特にないが足(foot)と脚(leg)は使い分ける手立てがあったほうがよい。新しい物事を表わすために漢語や外来語が使われたのである。和語だけでは無理がでる。「インストール」は「組み込み」か「導入」の方がわかりやすいが「ソフトウェア」はまだ良い言い換えはない。24センチの長靴とブーツでは違うものを受け取ることになる。西洋長靴といえばブーツとは違う受け取り方をされる。「豊かな時代」と「豊富な時代」の意味合いも異なる。
 

漢字はアイコン
和語で表わそうとすると分かち書きの問題だけでなく単語の長さが伸びることにも困る(strikeとストライクでは音節の数が違う)。「漢字はアイコン(絵記号)」というのは受け売りだが確かに変な記号を考え出すより漢字で書き表してくれたほうがわかり やすいこともある。漢字が表意文字ということは意味の固まりということである。固有名詞を大文字で書く言葉もあるように何かの事柄は漢字でそれらの関わりはかなでという漢字かな交じり文(漢語 かなまじり の ほう が よい か は わからない)は意味があるのである。
(漢字にしろ記号にしろ文化圏によって読み取る情報は異なるがそれは別の問題である。)

どの表記法も不完全
また、大事な事はローマ字で書いてもどのように発音するのかはわからないということである。たとえばJAPANと書いてあってもジャパン(英語)と読むのかヤーパン(ドイツ語)と読むのかはわからないし、インターネットのWWWは「ワールドワイドウェブ 」か「ダブリュダブリュダブリュ」か「スリーダブリュ」かまだ定まっていないそうである。ベトナムのHUEは本多勝一氏が報告するまでフエと読まずにユエと読まれていたし 、インドやスリランカ(正しくはシュリーランカかも知れない)のTamilはタミールではなくタミルだというのはまだよくは知られていない。もちろん同じデーバナーガリー文字で書かれていてもサンスクリットとヒンディーでは読み方が異なるようであるし、同じ漢字の場合は「手紙」など発音も意味も異なるものが知られている。「大和」は「だいわ」か「やまと」か「おおわ(姓)」か分からない。「中国銀行はどこにあるか」というのも困るところである。「労働」からきた漢字語は韓国では「ノドン」朝鮮民主主義人民共和国では「ロドン」と発音されているはずということも言っておこう。どの表記法もその言語の約束の中にあり、ローマ字も例外ではない。Umesaoはウメザオと読まれる可能性は高いし、変な言語学者ならユムザオと読むのだとこじつけることもできるだろう。ローマ字でUmesao wa umesao to yomimasu と書いても日本式ローマ字(ヘボン式ローマ字の場合でも)を読むには日本語を知らなければならないという結論は変わらない。むしろ振り仮名が付けられないだけ不便とも言える。
ところでこの文は漢語をひかえめに書いてみたがそれだけでわかりやすかっただろうか。本当にわかりやすい文を書くには漢語を避けるのではなく筋道立てた明晰な(「クリアな」と言いたくなる)文であることのほうが大事だと思う。
(私は日本語表記論の専門家ではないので誰か専門家を見つけて欲しい。『解釈と鑑賞』(至文堂)788号には「日本語の「国際化」とローマ字」の特集がある。) 先日パソコン操作を学習できる製品の売り込みがあったが価格を見ると何十万円もする 。この価格ならパソコンが何台も買えてしまう。「企画はいいが価格が高すぎる」と断わると「寺院関係には好評だった」とのこと。操作のややこしい方のパソコンを買ったのは仕方無いとしても(仕方無くはないが)高いパソコンを買い、高い操作学習ソフトを買い(または高い講習を受け)高い寺院ソフトを購入して、するのはワープロ程度(子どもはゲーム)という寺院も多いのではなかろうか。いくら寺院は費用対効果を考えるところではないとはいえ、いつまでも良いカモになっていていいのだろうか。寺院だけの費用なら まだいいが(本当は良くないが)兼職先のパソコンの導入を誤ってはそちらにも迷惑がかかる。まず「パソコンは仏教に使える」かということから考え直す必要がある。
般若心経も書けないパソコンなんて

『天台電子仏典』(天台宗典編纂所)
天台宗典編纂所では『天台電子仏典』というCD-ROMを出した。第一巻には「法華 三部経」などが収録されている。仏典のCD-ROMはいくつか出されているがこれの良い点は漢字データだけに留めたこと。漢字データだからウィンドウズでもマックでも利用できる。ウィンドウズで「秀丸エディタ」を使って検索する方法の解説もある(利用者登録の仕方も説明がある)が、たぶん文字列が検索できるソフトなら何でも利用できるだろう。さあ手始めに「般若心経」を見てみよう。アレレ、出ない字がある。でもこれは天台宗が悪いのではない。普通ワープロではJIS第一水準・第二水準の6000字強しか使えない。それ以外の字を使っているソフトは相手がそのソフトを持っていないかぎり相手には利用できない。どんなパソコンでも利用できるデータの提供に留めた天台宗の選択のほうが正しいのである。しかし「ケイゲ」の「ケイ」はやむを得ないとしても「ボダイサッタ」の「タ」の字は欲しい。なぜ仏教語は無視されたのか。

JISは工業規格
お説教好きの漢字辞書『JIS漢字字典』
そもそもJISというのは「日本工業規格」つまり産業のための規格だった。コンピュータを使う場合に、漢字にどういう番号を振るかという問題がしばしば迷走するのは、どの漢字が使いたいかは人によって異なる事による。JISでまず決めたのは「現在」「一般に使用する」ものを第一水準、そして使用頻度はやや少ないが「現在」必要とされる第二水準というふうに決められたらしい。つまり一般事務にはまずまず使える、というあたりでとどまっている。『JIS漢字字典』(日本規格協会)はバカに説教好きな辞書だがJISで漢和字典にない字が採用されているのは「人名・地名の国字」を採用したからだと説明している(難読の人名地名を読み書きするにはこの字典は便利である)。序文に「涅槃などの熟語以外では使われない漢字」の典拠(つまり「涅」と「槃」それぞれの意味)が明らかにできなかったと書いてあるのには唖然とした。JISでは第三水準・第四水準の漢字規格を決めるらしいが「涅槃」が音写語であることを知らない人達が今度はどのような基準で漢字を採用するのだろうか。

補助漢字を使うには
実はJIS第三水準・第四水準の漢字を待たなくても「ケイ」も「タ」も書く方法はある。それが1990年に制定された「補助漢字」約5800字である。『JIS漢字字典 』では無視しているが『早引きワープロ漢字辞典』(旺文社)、『ワープロ・パソコン最新漢字辞典』(小学館)、『五十音引き漢和辞典』(講談社)を見れば「ケイ」は5290補、「タ」は2384補だと分かる。補助漢字が使えれば「般若心経」を書くことができる。では補助漢字が使えるワープロはあるのか。

ビートロンとユニックス
ここで話をパソコンに戻す。そもそもコンピュータには0か1しか分からない。というあたりは省略して、パソコンでワープロや表計算をさせるのに一から設計しなくても済むように、共通仕様としてOS(オーエス=基本ソフト)というものがある。ウィンドウズとかマッキントッシュというのがそれである(マッキントッシュはパソコンの機械の名前でもあるので基本ソフトはマックOSという)。これらの基本ソフトの上で活用するワープロなどを応用ソフト(またはアプリケーションソフト)と言う。一太郎とかクラリスワークスなどがそれである。基本ソフトはアメリカ製品ばかりではない。日本ではトロンという基本ソフトがパソコン用にはBTRON(ビートロン)という仕様で、DOS/V機に使える形で販売されている(パーソナルメディア社)。この製品は操作が分かりやすいだけでなく文章作成・表計算・通信などのソフトも付属した形で販売されているからふだんの作業には不自由はない。しかも補助漢字が使えるから般若心経や多くの仏教語を書くことができる。それ程高性能のパソコンは必要ではないがNECのキューハチシリーズでは利用できない。逆にNXシリーズでは作動が確認された。
また取っ付きは悪いが専門研究に使われる基本ソフトとしてUNIX(ユニックス)がある。いまではパソコンで利用できるユニックスもいろいろあってキューハチシリーズで利用できるものもある。これもそれ程の高性能のパソコンは必要ではない。そしてユニックスでも補助漢字が使える。かなり低額で利用できるので利用者には有難いが、難点は組み込み(インストール)が難しいことと、企業には儲けにならないので作動するかどうかの情報が分かりにくいことである。
そして儲ける(つまりあなたをカモにする)ことを考えた別の試みもある。

共通漢字は作れるか
基本ソフトのウィンドウズもマックもアメリカで考え出された仕様なので日本で使うに はそれぞれ弱点があった。特に漢字が6000字強しか使えないのでは今後中国や台湾にパソコンを売ることはできない。いや各国ごとに基本ソフトの仕様を変えればいいが、それではその国のなかでしか使えない。例えばウィンドウズ95はそれぞれの言語ごとに版が違い、英語版ウィンドウズ95で使えるソフトは日本版のウィンドウズ95で使える保証はない(もっともタイで出されたパーリ聖典のCD-ROM『BUDSIR』は日本版ウィンドウズ95で使えた)。マックの場合は言語キットさえあれば何か国語でも同時に使用できる。しかし相手が同じキットを使っていないと相手のパソコンで利用できない点では同じである。八万字の漢字が利用できる『今昔文字鏡』(紀伊国屋書店・ウィンドウズ版)がでたが原理的には漢字コードにない字は画像として打ち出すということのようだ。番号の付いていない漢字は検索ができない。外国との通信に漢字が使えないのではインターネットが活用できない。そこで考え出されたのがユニコードである。

言語ごとのユニコード
ユニコード批判の書として太田昌孝『いま日本語が危ない』(丸山学芸図書)があげられるが著者が理学部出身なのでできれば『Linux/FreeBSD日本語環境の構築と活用』(ソフトバンク)なども参考にしたほうが良い。そこまで手が出ない人には(私もだが)前者に出てくる「エスケープシーケンス」という言葉は「文字コード切り替え命令」とでもいう意味らしいと注を付けて置く。
さてユニコードは単一のコード(文字番号)で世界中のあらゆる文字が書き表せるという触れ込みだったが、残念ながら日本語で使う漢字の字体と中国や韓国で使う字体は少しずつ異なる。そこで似た漢字や同じ意味の漢字は一つの字体を使う、という話だったのがまた変わって、日本語で使うユニコードでは日本漢字の字体を中国語では中国の字体をということになるらしい(『漢字とコンピュータ』(大修館書店)。同じユニコード番号が付いていても日本では「国字」、中国ではそれとはまったく関係のない字が出る、という事のようだ。つまり同じ番号を打つと中国と日本ではまったく関係のない字が出てくることも起きる事になる。何のことはない。言語ごとのウィンドウズ95という悪い冗談に言語ごとのユニコードという悪い冗談が加わっただけである。
中国で出版される漢字二万九千字を収録したCD-ROM(東方書店扱い)の利用には中文ウィンドウズが必要になる。 「マイクロソフトが日本語を決める」
しかしマイクロソフトではユニコードで使える補助漢字の字体セット(フォント)を作ったという。今日本のパソコンメーカーの多くは結局マイクロソフトの下請けに過ぎないから、補助漢字の採用よりは日本版ユニコードの採用という方向へ動くであろう。補助漢字を使えるだけでも不自由は少なくなるのにわざわざ日本語専用のユニコードを作って字体まで作ったということは、今後日本人が日本語を使うたびにマイクロソフトが儲かるということになる。そしてウィンドウズNTで外字を使う場合の規格も考え出された(伊藤 英俊『漢字文化とコンピュータ』(中公PC新書9)。日本語を使うときはマイクロソフトにお伺いを立てなければならないという冗談が冗談ですまなくなる時は近い。

仏教語が使いたいならビートロンかユニコード
ビートロンをDOS/V機に組みこめば補助漢字が使えるし、日本語版ユニコードなど作る必要はなかったが使われる可能性がある以上使うのも一つの選択である。例えば一太郎オフィス8を「全部インストール」すればユニコードも使える(マック版ATOK11もユニコード対応だがマックOS自体は8.5より前はユニコードに対応していないので活用できない)。さて、では文字番号はどうして調べるか。『JIS漢字字典』でもユニコード番号が引けるが収録してあるのはJIS第二水準までなのでこの場合は役立たない。

とにかく字が引ける『「漢ぺき君」方式でらくらく検索漢字コードブック』
補助漢字もユニコードも引ける手頃な辞書は『「漢ぺき君」方式でらくらく検索漢字コ ードブック』(日本経済新聞社)がある。これはある意味では先生泣かせの辞書だ。というのは検索方法が独特な点である。音訓でも部首でもなく漢字の部品の頭文字の組合せで引く。例えば「佐」の字は「に・んべん」、「ナ」、「こ・う」だから「に・な・こ」で引くと「区点」、「シフトJIS」、「ユニコード」の番号が分かる。「仏」は「に・む ・わ」、「佛」は「に・ふ・ず」とある。読めない字はたやすく引けるが読める字はかえって引きにくい。補助漢字の表示はないが「シフトJIS」番号がないのが補助漢字であ る。パソコンソフトとしてもマック版・ウィンドウズ版共にある(サンルイ・ワードバンク)。

仏教学にはマックかユニックス
いくらウィンドウズが一般に使われていても仏教学には使えない。というのはウィンドウズでは多言語混在は苦手だからである。日本語と中国語(あるいは韓国語)を使えるようにするソフトは沢山あるが日本語と中国語と韓国語を同時に使おうとするとマックが現実的な選択になる。ユニコードでは日本漢字ではこう書くが台湾ではこの字を使うという文章は書けない。繁体字の文字コードは『標準中文輸入碼大字典』(内山書店等扱い)で分かる。ビートロンはまだ繁体字は使えない。
マックを持っていなければユニックスに挑戦するかである。勉強に役立つのは竹内浩一『UNIX for Win32』(テクノプレス)。これはウィンドウズ95に乗せる UNIXである。『LinuxMLDII』(メディアラボ)もウィンドウズ95で使う。パソコンで本格的に使うには『Turbo Linux』(パシフィック ハイテク) が組みこみがうまくいった。

寺院ソフトは何がよい
研究はともかく、寺院事務にはどんなソフトがよいのか知りたい人も多いだろう。私はいくつか購入しているが結局活用していない。ワープロにしろ表計算にしろ中小寺院で必要なものはたかがしれている。寺院会計で四捨五入という機能はあまり使わない。葉書にあて名を印刷するのにわざわざ寺院ソフトを使わなくても安価な専用ソフトがいろいろある。これなら同窓会や趣味の会の案内にも使える。何千円のソフトでも何万人のあて名を書けるからよほどの大寺院でないかぎりこの価格で用が足りる。そして仏教語以外はワープロ専用機のあて名書きソフトや表計算でも足りてしまう。仏教語が使えなければパソコンでも宝物台帳は完成しないし、補助漢字を使った戒名は使用できない。

結局「パソコンは仏教に使えるか」という振り出しに戻ってしまう。
よろしければ最初から読み返して下さい。     

1997.11.25初稿
1998.11.09改稿

(1)やはり「もっと漢字を」 |(3) パソコンは仏教に使えるか