本太風土記

<ご近所主義 >
Vol.13

ダンマパダから
初期の仏教経典にダンマパダがあります。成立的に釈尊の言葉に近いものです。
日本では法句経として知られ、岩波文庫に荻原雲来先生の翻訳がありました。年 輩の方は一世を風靡した友松圓諦先生のラジオ講座でご存じでしょう。最近では、『真理の言葉』のタイトルで上村勝彦先生が訳されています。 
最近、仏教界で再び注目を浴びています。最初に荻原訳で第三句から第六句までを紹介いたします。
彼れ我を罵り、我を打ち、我を破り、我を掠めたりと堅く執する人の怒は息むことなし。
彼れ我を罵り、我を打ち、我を破り、我を掠めたりと堅く執せざる人の怒は止息に帰す。
世の中に怨は怨にて息むべきよう無し。無怨にて息む。
この法易はることなし。
然るに他の人々は、「我々は世の中に於いて自制を要す」と悟らず、人若し斯く悟れば其がために争は息む。
本当に経文のような明治僧の簡潔な訳です。これだけでは分かりにくいので、上村先生の訳で第五句を紹介します。
この世では、怨みは怨みによりしずまることは決してない。
怨まなければしずまるものだ。これは永遠の法(ダンマ)である。
ここで、怨みとした語は敵意とか憎しみと訳すことも出来ます。これに類する言葉は他の仏教文献にもよく出てきます。伝教大師最澄もまた「御遺誡」で次のようにおっしゃっています。
怨みをもって怨みに報ぜば、怨み止まず、徳を以て怨みに報ぜば、怨み即ち尽く。
長夜夢裏の事を恨むなかれ、法性真如の境を信ずべし。
ここで言いたいことはもうお分かりでしょう。九月十一日のテロ事件のことです。われわれは、米国等のとる報復措置に賛成ではありません。相手が国家なら駆け引きとして戦争を仕掛けることも可能なのかもしれませんが、相手がテロ組織では、まさに「モグラ叩き」であって、一時期、洞窟や山に逃げ込んでも、必ず体制を整えて反撃してきます。周期が長いか短いかの差だけで、テロ対テロの繰り返しになってしまいます。
明治僧の金子大栄先生は、正義は負けろという言葉をおっしゃったそうですが、正義や神を振りかざす人は、皆、自分勝手な正義を標榜し、神の名を都合のいいように使っています。そもそも成立的には、呼び名が異なるだけで、ヤハヴェもアッラーもキリスト教のGODも、同じ唯一の神のはずなんですが。
アメリカのやることは国際法違反というか、常識的に考えても、ウサマ・ビンラディンをかくまっているからアフガニスタンの女子供まで殺してよいと考えるのは行き過ぎです。考え方としては広島・長崎への原爆投下と同じで、全く反省していないように思えます。

グローバリズムからご近所主義へ
アフガニスタンには暫定政権が成立しましたが、話はすべてこれからです。うまく収まるとは思えませんが。わたしは決して、アメリカを非難してタリバンを弁護しようなどという立場ではありませんが、この事件は世界の見方を変えてしまいました。
今まで注目されることもなく名前さえ知られていなかったパシュトゥン人の反乱です。というかわたしには、少数民族の声を聞いてくれという悲鳴に思えます。
アメリカの考え方がグローバル・スタンダードであって、世界中がこれに従うべきだという考え方に賛同できないようになりました。
むしろ、インドの農村部やアフガニスタンの人々の暮らしの方が地球的には標準なのかもしれません。先日、テレビで見ていたら、アフガニスタンの山岳地帯にはヤクまでいて、家畜を追って高地の夏の家に移動する所など、チベット人と同じような生活をしているので驚きました。また、かまどの火を大切にする所など、古代アーリア人の生活を彷彿させます。
imageわれわれの生活は、人類の長い生活史から見ると異常です。といいながらインターネットを使ってますが。環境を守るために二酸化炭素の削減が叫ばれています。アメリカの学者の中には石油を使うより、牛や羊など反芻動物のゲップの方が影響が大きいという説を唱える人がいますね。
進化論というのか、人間の生活は向上し続けるものだ、経済は発展して拡大するものだと漠然と考えていたことが、疑われるようになりました。
わたしが子供の頃から、石油はあと三十年とか五十年とかいわれてましたが、今はもっと長くなったのでしょうか。アフガニスタンにパイプラインを引くと日本の石油は百年安泰という声も聞きました。しかし、もって百年ということでしょうか。
経済の方からいうとここ数年ずっと、底を打ったといいながら、年々沈み続けているような感じがします。MMFでも元本割れするものが出てきましたが、今はデフレなので、バブル期に一万数千円出して買った電化製品や衣料品が、中国のおかげで?一万円で買えようになったのではないでしょうか。額面上減っても、持っているお金の価値としては増えているのではないかと思います。もっとも、借金のある人、銀行、生保などは返せなくて大変ですが。
この秋、「日本に上陸」した狂牛病も、9.11と関係がないようでリンクしています。これはもっと早く牛骨粉の輸入を全面禁止しないといけなかったのであって、行政の責任です。
業者というのは儲けるのが目的ですから、魚粉だのなんだのと偽って、牛骨粉を混合して売るに決まっています。肉でも飼料でもむざむざと廃棄処分する業者なんていないでしょう。十分の一の値段でもいいから、資金を回収しようとします。
その点で、だまされている酪農家は可哀想ですし、末端の焼き肉屋さんも気の毒というほかないです。今は、キムチ鍋などを看板に出しているようですが。
ここで一ついえるのはモノ・カルチャーは危険だということ。多様性が必要です。お米も特定の品種ばかり植えると、気象条件によっては壊滅してしまいますから、収量や味だけによらず、遺伝子の多様性を持たせないといけません。地球上で様々な生活をしている人々がいないと、人類も特定の条件で一挙に壊滅してしまいます。OSもマイクロソフトが独占していると、ハッカーが楽に破壊活動をすることが出来ます。
肉屋さんも打撃を受けましたが、牛肉が売れなければ鳥も豚もあるし、コロッケなどのお総菜で頑張れば、お客さんは何かしら買っていきます。町のお店屋さんに期待したいところです。町かどには、「名の知られていない名人」があちこちにいるものです。
ファースト・フードが世界を食い尽くすという本が出ています。マクドナルドや牛丼屋が流行って、町の飲食店が大変になっているのを心苦しく思っていましたが、これで焼き肉屋さん以外は元気が出るでしょうか。
同じほ乳類でも、牛は人間と違ってセルロースを分解する能力があるからこそ有益なのです。人間の食べられるものを与えると、一キロの牛肉を生産するのにその十倍以上のカロリーの飼料を牛が消費し、資源の無駄使いになってしまいます。肉牛も減らしてゲップも減らさないといけませんね。
image食肉も牛乳も野菜も卵も工業製品になってしまいました。町の食堂がなくなって、効率第一主義、工場として人間の餌を生産するファーストフードのような店ばかりになってしまうのは恐ろしいことです。チェーン店のレンジで解凍するような料理はごめんです。裏で何をやっているか分かったものじゃありません。手間ひまの掛かる手料理が一番です。メーカー品じゃなくて、それぞれ小さな店の味、家庭の味というのが大切なのです。
中国企業が力を付けたので、ユニクロ旋風というのか、産業空洞化というのか、品質の高いものが安く買えるようになりました。しかし、怖いのは農作物の方です。ホルムアルデヒドや農薬だらけといわれてます。
実際、家でも薬臭い中国産の椎茸を食べて気持ち悪くなったことがあります。
こればかりは、乳牛の国産肉とは違って、国内産の方が良さそうです。深谷のネギは甘くておいしいですよ。親戚の農家が送ってくれるお米や野菜はおいしい。
お店も農家も顔見知りが安心というご近所主義。アメリカでも家にこもる、巣ごもり、ネスティングが流行っているそうです。それで遠出を控え、クリスマスも物を送らず、インターネットで写真を送ったりしているとか。いや、やっぱりご近所だけでは、世の中完結しませんね


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掲載日 : 2002.01.01
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