本太風土記

<今年は羊歳〜〜上村先生を偲びつつ>
Vol.15

中学高校の先輩である上村勝彦先生が急逝された。先生に初めてお目にかかったのは、私がインド留学する前だから、もう四半世紀も前のことになる。
その後、クーリヤーッタムという南インドの古典サンスクリット語劇を招聘するときに監修をお願いしたが、これも十五年前のことだ。遠いようで実は近い関係だった。
先生は前立腺を煩ってらして、その「手術自体は成功したが、残念ながら」という佐久間和尚と同じパターンになってしまった。悔しい。
何でも、食事か何かで二階に呼びにいったら、すでに机にうずくまって亡くなっていたと聞く。急性心不全という診断名がついた。抗ガン剤の影響で身体は弱っていたかもしれないが、そんなお年ではないのに。享年58歳。
思えば去年、何かのパーティーでお目にかかった際に、「ずいぶん痩せちゃったけど大丈夫なの」と本気で心配して声をかけてくださいましたが、それはご自分の健康不安でもあったのですね。
先生はご存じのように岩波文庫の『バガヴァッド・ギーター』や現在刊行中のちくま文庫『マハーバーラタ』の翻訳で知られていますが、ご専門はインドの詩文論、ラサ論でした。
『マハーバーラタ』が完成すれば、日本文学史上に大きな貢献をすることができたのですが残念です。予備知識のない読者に対して、煩瑣になることを避けて、すっと読めるスタイルを創り出したことは、評価されるべきことだと思います。売れ行きもこの手のものとして信じられないほどよくて各巻五千部くらい出ていたそうです。いくらプーナ批判版を基に訳すといっても、それだけでは終わりませんから、切りのない仕事で気苦労は大変だったと思います。
東洋文庫で『ラーマーヤナ』を訳された岩本先生も志半ばで亡くなられています。この手の仕事は寿命を縮めるから、『マハーバーラタ』と心中するつもりでやると、まるでこの日を見通したかのように序文で書かれています。お勤めのように、毎日、十詩節、二十詩節と訳されていたんだと思います。
お通夜の席で驚いたのは先生の所属する東大のみならず、京大卒も京都から仙台から、長野からと駆けつけてきたことです。上村先生が、いかに皆さんに慕われていたかが分かります。そこで、この仕事を続けなくちゃいけないという話になりました。一人一巻担当すればすぐに終わるよという楽観論もあれば、やはり結局、とりまとめ役が死ぬ気でやらないとだめだという声も。上村の遺伝子を皆で受け継がないといけません。

遺伝子
人間とゴリラやチンパンジーでも遺伝子の違いは1パーセント以下だそうですから、人間の違いなんてほかの動物から見たら誤差みたいなものです。上村の遺伝子は皆が持っています。
今年は羊歳ですが、1996年にクローン羊の誕生が騒がれました。しかし、生命時計ともいうべきものが細胞内にセットされています。「誕生時」ではなくて、その細胞の年から成長・老化するようなので、短命に終わりました。クローン牛なども誕生しましたが、成功する確率が低いです。生まれてもすぐに死んだり何らかの障害を持っていることが多く、動物実験でも完全に成功したとはいえない状態ですから、クローン人間誕生というのは事実とは違う、単なる宣伝行為だと思っています。
そもそも死んでいくから生がある。死ぬ細胞があるからこそ、新陳代謝して機能を保ち生きていられる。誰も死なないで生きていたら食べるものがなくなって、結局、死んでしまう。人間は食物連鎖の一番上にあるので、動物の命を奪って生きている。動物もまた、肉食であれ、草食であれ、何らかの命をはんでいる。死が生を飲み込むばかりでなく、生も死を飲み込んでいる。

命を捧げる
ジャータカと呼ばれる仏伝文学には、命を捧げた動物たちの物語が語られていて、一番大切な命を布施した動物が実は釈尊の前世であったと説明されている。そんな最高の布施の功徳によって仏陀となり得たのなら、人というのは皆、おそらく前世で我が身を布施したのだろう。前世で身を投げ出し、何者かに食べていただいたゆえに、今生では食物連鎖の上に君臨して何の肉でも食べることができる。共食いみたいなものだ。自分だけが生き残るのではない。共生、共死、そして、食べつ食べられつが入れ替わる共食。
上村先生は、今、ご著書を読むと健康に不安があったのか、また、父上も56歳で亡くなられたせいか、50歳の坂を下り始めてかなり死を意識なさっています。生真面目な先生には、父の分も急いで仕事しようなんていう意識もあったんじゃないでしょうか。
ちなみに上村真肇先生は大正大学教授を務めながら浅草寺に務め、布教活動に力を注いでられたようです。学位論文を書き上げながらも、早く亡くなられたためそのままになってました。それを17回忌の記念に勝彦先生が『法華経を中心とする仏教教理の諸問題』としてまとめ、春秋社から出版されています。
頂戴した中央公論新社「仏教を生きる」シリーズ第五巻の『真理の言葉(法句経)』は、まるで遺書のように読めます。法句経の翻訳を交えながら、やさしくお説教しています。
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自分に言い聞かせているのでしょうか。
誠実なお人柄がにじみ出ていて素晴らしいです。初期仏教にある言葉、ブッダの精神を活かそうと現代の大乗戒を唱えているように思います。とても内省的で、これは伝教大師最澄の遺伝子ですね。
また、この本で初めて不眠症だったということを知りました。先生の訳業は、マハーバーラタ以前にも膨大なものがあるので、締め切りに追われるプレッシャーは大変なものだったと思われます。
それも50歳をすぎてから般若心経や観音経を唱えたり、観世音菩薩に祈ることで克服したと書かれていて、さあ、これから気持ちよく翻訳に邁進できるという、すがすがしい境地に達していたに違いありません。
学術的には岩波文庫『バガヴァッド・ギーター』の翻訳が転機となったようで、仏典と類似の詩節、同じ発想を見いだし、法蔵館『仏教と出会った日本』のなかに「ヒンドゥー教と日本の宗教文化」という小論を書かれています。95年にはNHKラジオで『バガヴァッド・ギーター』の講義を半年間続けられ、朝日カルチャーセンターでもギーターの講座をやってらっしゃいました。
ここにいたってご自身の研究生活と僧侶としての生き方が一致してきて楽しくなってきたのではないかと想像されます。ラジオで『法句経』の講義をしていただきたかった。まさに、これからというときにロウソクが燃え尽きてしまいました。及ばずながら、勝彦師の跡を追いかけていきたいと思います。

羊のように歩め
思えば伝教大師も57歳、志半ばで亡くなられています。志というのは大乗菩薩戒を建立するということです。これはお弟子さんたちの努力のおかげで、亡くなられてすぐに許可が下りました。誰かが遺志を引き継げばいいのです。人は必ず、「途中」で死にます。あるいは死んだときが完成だと思わざるをえない。
『スッタニパータ』には 出家者は情にほだされないようサイの角のようにただ独り歩めという言葉があります。朱に交わらず、一人で志を高く持って進めと。
今年はサイ歳ではなくて羊歳です。羊の群れの中に一匹山羊を入れると群れの動きが良くなるそうですが、山羊の動きにつられないで、マイペースでゆっくり進みましょう。
猛牛の時代、マクドナルドの時代は終わりました。出し抜いて自分だけが生き残ればいい、ウィナー・テイクス・オールという考え方の終焉。バブル期に儲けなきゃソンソンとばかりに余計なことに手を出した企業は痛いしっぺ返しにあってます。
大手スーパーやコンビニ、外食チェーンより地元の商店街が大切です。足下を見て身の回りを大切にしましょう。首切りをして企業だけが生き残ったってしょうがない。共生き、生き残るべきは従業員、法人じゃなくて生身の人間の方です。給料を下げてでも雇用をというのは一種の共食いですね。こちらの方が、今、必要なんじゃないでしょうか。
時代の精神はモーレツからデプレッションに変わってしまいました。あせらない、競わない、頑張らないという時代です。孤高のサイになれなくてもいいです。閉塞感のなか、羊のようにおっとりと、地面にへばりついて道草を食いながら地道にとぼとぼと歩いていく年なのかもしれません。

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掲載日 : 2003.02.17
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