精霊と女性の国 北タイ

26 「ゆるやかな構造」の家族
 タイについては、1950年、アメリカの人類学雑誌に載った「タイ‐ルーズな構造の社会(loosely-structured society)」という論文がよく知られている。これを書いたのはジョン・エンブリーという人類学者だが、これは人類学者としての調査によるものではなく、役人として滞在したときの見聞をもとに書いたもので、論文というよりは直感的な印象論の域を出ないものだった。

 けれど「ルーズな構造」という言葉は、当時のアメリカ人タイ研究者にインパクトを与えたようで、「はたしてタイ社会はルーズか否か」という論争を引き起こすことになる。エンブリー自身は論文の発表された年に、42歳の若さで交通事故で娘とともに亡くなってしまったので、論争に加わることはなかったのだけれども。
 この論争が不毛な結果に終わったためもあってか、その後、タイ研究は「ルーズな構造」という概念が呪縛となって低迷したのだとも言われ、タイ社会を表したこのコピーはあまり評判がよくなかった。

 しかしタイと対照的にタイトな社会として日本とインドを挙げているように、人類学者としてのエンブリーの直感は、やはり支持されうるものということもできる。彼は日本については、1935年から36年にかけて、熊本の須恵村に妻と娘を伴って住み、調査を行っている。

 エンブリーが直感的に「ルーズな構造」という言葉で捉えたタイ社会の特徴として、特に日本と対比されるものに、集団に対する帰属が弱いことがある。それとは対照的に日本は、集団が重要な意味を担う社会である。
 「集団」とは境界をもち、境界の内部には集団としてのアイデンティティがあって、内部に包摂するものと排除するものを区別する明確な記号が存在する、そのような人間関係の構造化のあり方である。

 境界があいまいで、状況に応じて流動的に変化する北タイの家族は、まさにエンブリーの古い言葉を用いて、「ゆるやかな(loosely)構造」の家族と言うことができるだろう。
 この「ゆるやかな構造」を実現しているのが、それぞれ重複しながらもずれていて、包摂関係を作らない世帯、敷地、キン・ドゥアイ・カン、ナー・ディオ・カンの関係であった。世帯のメンバーも変化が大きく、キン・ドゥアイ・カン、ナー・ディオ・カンも連続的に変化していくのである。

 しかしこうした意味での「ゆるやかな構造」は、決して家族としての情愛が希薄であることを意味するわけではないし、またそうした事態を引き起こすものでもない。
 逆に「タイトな構造の家族」、すなわち家族と家族でない人間とをはっきり分ける排他的な家族が、必ずしも濃い情愛で結ばれた生活を実現しているとは限らないことを考えれば、家族のこの意味での「構造」と「愛情」は、それぞれ別に考えるべきことがらであることは、こと改めて言うことでもないのかもしれないけれど、やはり混同しないようにおさえておく必要があるように思われる。

川野美砂子

精霊と女性の国 北タイ 目次前号次号
お便り、お問い合わせはこちらに
info@enmeiji.com


HOME活動中心声明見聞録寺報を出そう写仏のご案内

寺とパソコン 寺とパソコン(番外編)インディカ舞リンク集


Copyright (c) 2005 延命寺 All Rights Reserved.