本太風土記

<二十一世紀の寺院>
Vol.2

地方では医師が不足している

皆様、二千年紀の幕開けをいかがお過ごしでしたか。
一年ぶりの年賀状は楽しいものですが、残念なニュースもあります。寺庭夫人(家内のこと)が、独身時代に勤めていた福島県立大野病院の産科が閉鎖になりました。
ウチは僧侶の夫、ナースの妻という組み合わせです。どっかでありましたね。
家内は帰省するたびに浪江の町が寂れているのを嘆いていましたが、今回は結構ショックだったようです。
私は前橋の町興しを手伝ったことがありますが、今、地方都市はどこでも商店街のシャッターが次々と降りてゆく、スーパーが撤退するという状況が十年くらい前から続いています。今や、東京のデパートも次々と店じまいする時代ですからね。
延命寺のある浦和東口は、県庁所在地とは思えないほど寂しいという声も聞きますが、次々と商店が閉店するという状況ではないので、まだこれでもよい方でしょう。
さて、そうした地方の市町村では、たまに意欲のある人が病院を開業しようとしても医者が集まらないのでうまくいきません。福島県内に医大があっても、福島県人は少ないし、福島県人だって、都会へ出て戻ってこない人も多いです。
産科などは、特に二十四時間医師を待機させないといけないので深刻です。少子化の影響がここまできてしまいました。地域の人も、より遠くの病院まで行かないといけないので大変です。

僧侶も不足する

これは、何年、何十年か先のお寺の状況を先取りしています。バブル時代には建設ブームとともに墓地の造成が盛んでしたが、今や頭打ちで数的には余っています。実は不便なところでは売れ残っていて、欲しいところでは相変わらず不足しているのだと思いますが。
では、延命寺が墓地造成して墓地不足を解消してやろうとしたらどうでしょう。もう、近くには作れないので郊外の土地を取得してというのでは、他の霊園墓地と同じように売れ残ってしまいますが、近くに作ったとしても問題は残ります。
 病院を作っても医師を確保できないというのと同じく、檀家を増やしても僧侶を確保するのが大変です。一昨年、名誉住職を亡くして以来、僧侶一人で檀徒五百件の仕事をしていますが、これで精一杯です。これから、二十年後に葬儀の数が倍になると思うと、今からぞっとしてきます。私はもうお爺ちゃんになっているのですから。
僧侶にも適性があるので、必ずしも一人息子が後を継げるとは限りませんし、坊主は四十くらいにならないと一人前になりません。というか、私は今でも果たして一人前の住職なのだろうかと自問自答しております。これについては、また後で書きますが。
河野家では弟の方が先に結婚したので、先般、長男がめでたく得度いたしました。やはり、息子は一人です。僧侶の第一歩を踏み出したわけです。神川町の名刹、大光普照寺で得度式をあげました。その時目立ったのが女の子の得度です。寺庭婦人の得度も天台宗では進めていますが、男の子のいない寺ばかりか、いる寺でも娘に得度させているそうです。これが、トレンドです。
瀬戸内寂聴といったら古すぎますが、(あ、ごめんなさい)、最近では作家の家田荘子が得度しながら有髪で活躍しています。さらに、身近では与野市の市会議員が見事に剃髪して、庵主さんになりました。市会議員の年金がおりるまでは、精進料理の店で生計をたてるそうですが、男と女では役割が違うので尼さんも増えると思います。
友人には剃髪もいれば有髪で活躍している尼さんもいます。少子化の影響で、ああ、お宅の住職も尼さんですかという寺も多くなるはずです。看護士、保父さんも増えてますし、ちっともおかしなことではありません。

法事は七五三のように?

さて、先日、七五三で調神社にお参りしました。ウチは神仏習合です。ご存じのように、申し込むと控えの間に進んで少し待ち、三組くらいが一緒に祝詞を聞きます。
待ってる間に思いました。
あ、これから法事もこうなるな。もっとも、延命寺がそうなるというわけではありません。しかし、世の中では経済的な事情、あるいは寺とのつきあいの煩わしさをさけて、霊園墓地や納骨堂に管理を払うだけの方がよいと考える人が増えています。そういう人は、霊園のお坊さんにお経を頼んでいるようです。
回忌を営みたいという場合、これから檀信徒でなくても、臨時に法事を受け付けるような寺が出てくると思います。臨時にというのは、お寺に予約してというのではなくて、位牌を持ってお寺にかけつけ、受付で「何々信士の何回忌を申し込みます」というような形で、待合室で待って次々と法事が行われるのではないでしょうか。
高齢者の方が多いのです。次世代は葬儀法事等の三、四倍の負担に耐えられなくなるので、このような価格破壊が行われないと供養もできなくなります。景気が悪くなると、親戚を皆呼んでお清めをしてというのも大変なので、法事も家族、兄弟だけの法事で核家族化するでしょう。
特定の寺の檀信徒でありながら、費用や時間・場所の問題でこのような臨時法事センターに行くということもあり得ます。そうならないように、お寺は檀家さんとの関係を緊密に保っていかないといけません。延命寺では古くから、年四回寺報を出しています。
こうして多忙を極める寺とそうでない寺との二つに分かれてしまいます。宗教法人は収益を上げるのが目的ではないので、勝ち組、負け組という表現は当てはまりませんから、超多忙組と悠々自適組ということになりましょう。私は本来マイペース型なんですが。病院も学校もお寺も統廃合という時代になってきます。
さて、そこで問題になるのは宗教法人法の改悪による次のことです。田舎の寺に住職がいつかなくて、県庁への書類提出が滞ると、現に檀家さんがいて信仰の実体のある寺でも、宗教法人の解散請求ということになりかねません。
宗教法人の場合、境内地は免税で、法人ですから住職たる代表役員が代わっても相続税はかかりません。しかし、法人格を失って村の有力者の土地の上にお寺があるとします。そして、相続の問題などで土地の所有権が移った場合、本堂自体も取り壊しとなって、二度とお寺が再生できなくなる可能性まででてきます。墓だけ残っても困りますよね。

バーチャル世代って本当?

もっとも、次の世代が私たちのような先祖供養をし続けるかどうかは、全く分かりません。墓地崇拝、遺骨崇拝もそんなに古いことではないので変わる可能性はあります。
世の中でいわれているのはバーチャル墓参り、すなわち、パソコンのインターネット上での仮想墓参りです。 もはや、バーチャルおみくじは当たり前になってます。宗教法人のホームページはますます増えるでしょう。これからバーチャル祈祷、つまり、繋いだパソコン同士でご祈祷をする形になるという人もいますが、疑問に思います。
私はインターネット中毒ではなくて、活字中毒なので、ホームページより雑誌の方がずっと好きです。インターネットをこうして使ってはいますが、実は好きではありません。よく、悔しかったらインターネットで飲み会してみろ!といいます。 映画とテレビでは違うといいます。電話も掛かってこない、お客さんも来ない映画館で、安心して大スクリーンを見ているのと、テレビは違います。訴えかける力が違います。
まして、護摩を焚くなどの祈祷は、寺院という異次元空間に入って、火や煙、荒々しい音など五感に訴えかける要素があって、全身全霊を打ち込むから効果があるのです。ディズニーランドに行く代わりにテレビやビデオで見て楽しいでしょうか。少しは楽しいでしょうが、ほんの何十分の一ですよね。
というわけで若い世代がどうのこうのというより、インターネット祈祷やバーチャル墓参りは、どうかと思います。何といっても、バアチャン墓参りですよね。とオチがついたところで今回は終わり。

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掲載日 : 2000.01.11
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