![]() 身辺・本土風土記Vol.3 <枯れ木色の未来> Vol.3
新世紀の初春を迎え、ホームページをリニューアルしました。二十一世紀といっても、仏誕2565年から、2566年に移っただけの普通の年ですが。
IT革命なんかない 昨年末から広帯域のデジタルテレビ放送が始まりました。 五年後には光ファイバーを一千万世帯に引いて、双方向でテレビの画質を送受信できるようになります。
第何世代の携帯電話になるのか分かりませんが、電話でデジタルテレビ放送を受信できる、高機能の通信ゲームで遊べる……。 「え、それがバラ色の未来なの?」って突っ込みを入れたくなってしまいます。 そんなもの誰も望んでいない!私たちは小学生じゃないんですから。 どうも、技術者というのはマニアックで、メーカーは新しくて高いものを売りつけたがります。テレビの画質が六倍にアップしたから何だっていうの、そんなもの高いだけだから買わないよといいたいです。 経済学者や評論家も、アメリカがIT革命で景気を引っ張ったから日本も続けとやっています。私は「IT革命なんかない」という方に賭けます。多少、物流が合理化されて、省エネルギーにはなると思いますが、それで景気がよくなるとか、産業革命につぐ云々というあおりは信じません。むしろ、手に職、特殊技能を身につけることが一番大切だと思っています。農業も漁業ももちろん特殊技能です。 IT革命などといって企業を脅かし、ノウハウを授けるとなどと称して、評論家や学者が講演、セミナーに呼んでもらって儲かるだけで、企業が儲かるわけではないと思います。 これから、人口が減っていくのですから、ほとんどの産業が縮小していきます。 三十年後には死者の数が倍になると予想されますが、葬祭産業が成長するというのもウソです。これは「本太風土記1」に書きました。 バラ色の未来から枯れ木色の未来に ご存じのように、江戸時代を通じて日本は人口三千万人程度で安定していました。自給自足でやっていく適正規模でしょう。今の人口の四分の一です。五十年後には、日本の人口も半減すると予想されていますが、その時の日本はちゃんと食えているのでしょうか。二十一世紀は、むしろ第一次産業の時代なんじゃないでしょうか。浦和ではワールドカップの誘致に伴って、浦和駅東口の再開発が進んでます。 これも困ったものです。景気のよい頃ならまだしも、駅ビルを造ってもテナントが入らないでしょう。地元の商店街は崩壊してしまいます。 スーパーやデパートができるのを反対した時代がありましたが、今やデパートやスーパーが倒産したり、撤退します。お願いだから撤退しないでくれといわれる時代になってしまいました。 小さな小売店もやりにくくなって、おじいちゃん、おばあちゃんが元気なうちはやってられるけれど、もう子供たちはサラリーマンになっています。 子供の頃、三ちゃん農業という言葉がありましたが、商店もそうなってしまいました。浦和駅東口は、広大な新道路はできても、お店はない住宅もないがらんとした景色になってしまいそうです。 それでサラリーマンになった人はどうかというと、これもまた、リストラでひやひやしています。リストラというのも素人には、いまいちよく分からないのです。人間が生き延びなければいけないのに、企業だけ生き残ってどうするんだろうといつも思います。 ![]() そんな二十一世紀の新しい展望を描いてくれる人がいません。展望なんてないのかもしれません。バラ色の未来はもう二十世紀に達成してしまいました。バラには刺がありました。武器とか、環境汚染という棘、毒が。 二十一世紀は、計画的に縮小していって昭和三十年代のエネルギー消費量、今の百分の一程度ですか、現在のインドや中国のレベルくらいにコントロールしないといけません。 いや逆に、インド、中国がめざましく経済発展を遂げて人口が増え、エネルギーを消費するようになると半世紀で人類は地球を滅ぼしてしまいます。 そうならないように、だんだんと枯れていかないといけないんですね。子供みたいな未来像を描くのはやめましょう。みんなで仙人になりましょうというのが 二十一世紀の願いでしょうか。 (フェイク仙人) 。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
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