本太風土記

身辺・本土風土記Vol.3 <枯れ木色の未来>
Vol.3

新世紀の初春を迎え、ホームページをリニューアルしました。二十一世紀といっても、仏誕2565年から、2566年に移っただけの普通の年ですが。
生物学の中村桂子先生が、草思社のPR誌の新年号に「火と機械の世紀」から「水と生命の世紀」へというインタヴュー記事を載せています。永遠のほとけの命を連綿と受け継ぐ「努力」が必要な時代となってしまいました。
二十世紀は新幹線やロケット、コンピューターなどを発明しました。一応、便利にはなりました。鉄腕アトムの誕生日は2003年、4月7日だそうですが、まだ、AIBOからアトムには進化できそうにないですね。
また、二十世紀は大量破壊兵器をも生みました。機械とそのエネルギー、火の時代でした。石油も使いまくって、資源が残り少なくなると同時に、環境も破壊されました。あと百年間このまま無事に続くとは誰も思っていません。
科学者は機械装置としての人間を解明して、臓器を取り替えたりすればいいと考えてきましたが、一般の人はあまり賛同しません。中村先生は、「もう、機械としての人間ではなくて、生物としての生物、それも人間だけでなく地球上の全生物を考えた上で、上手に生きられる技術とは何だろうと考えるほうが考え甲斐があると思うのです」とおっしゃってます。
image水がなければ生き物が生きられないというより、地球に水があったからこそ地球だけに生命が生まれたのです。食べ物を作るにも水が必要です。
日本には、石油や天然ガスはないけれど温暖で、水や緑が豊かという資源があります。海も山もあります。
人は自動車やパソコンがなくても生きていけますが、水と食べ物がなければ生きていけない。どん欲に消費し尽くす社会ではなくて、循環型の社会を形成しないといけません。
ふつう我々は、身体という境があると思っています。実は、皮膚で閉じられているわけではなくて、空気や食べ物、様々な物質や情報を交換、つまり、出したり入れたりして生きています。それが閉じられたとき、閉鎖系になったときというのは死んだときです。生きているということは、境界はあるがオープンということです。
 二十一世紀には人為的に作られた閉じたバリア(38度線など)をオープンにしていく時代です。インターネットも境界をこじ開ける道具として適切かもしれません。

IT革命なんかない

昨年末から広帯域のデジタルテレビ放送が始まりました。image五年後には光ファイバーを一千万世帯に引いて、双方向でテレビの画質を送受信できるようになります。
第何世代の携帯電話になるのか分かりませんが、電話でデジタルテレビ放送を受信できる、高機能の通信ゲームで遊べる……。
「え、それがバラ色の未来なの?」って突っ込みを入れたくなってしまいます。
そんなもの誰も望んでいない!私たちは小学生じゃないんですから。
どうも、技術者というのはマニアックで、メーカーは新しくて高いものを売りつけたがります。テレビの画質が六倍にアップしたから何だっていうの、そんなもの高いだけだから買わないよといいたいです。
経済学者や評論家も、アメリカがIT革命で景気を引っ張ったから日本も続けとやっています。私は「IT革命なんかない」という方に賭けます。多少、物流が合理化されて、省エネルギーにはなると思いますが、それで景気がよくなるとか、産業革命につぐ云々というあおりは信じません。むしろ、手に職、特殊技能を身につけることが一番大切だと思っています。農業も漁業ももちろん特殊技能です。
IT革命などといって企業を脅かし、ノウハウを授けるとなどと称して、評論家や学者が講演、セミナーに呼んでもらって儲かるだけで、企業が儲かるわけではないと思います。
これから、人口が減っていくのですから、ほとんどの産業が縮小していきます。
三十年後には死者の数が倍になると予想されますが、葬祭産業が成長するというのもウソです。これは「本太風土記1」に書きました。

バラ色の未来から枯れ木色の未来に

ご存じのように、江戸時代を通じて日本は人口三千万人程度で安定していました。自給自足でやっていく適正規模でしょう。今の人口の四分の一です。五十年後には、日本の人口も半減すると予想されていますが、その時の日本はちゃんと食えているのでしょうか。二十一世紀は、むしろ第一次産業の時代なんじゃないでしょうか。
浦和ではワールドカップの誘致に伴って、浦和駅東口の再開発が進んでます。
これも困ったものです。景気のよい頃ならまだしも、駅ビルを造ってもテナントが入らないでしょう。地元の商店街は崩壊してしまいます。
スーパーやデパートができるのを反対した時代がありましたが、今やデパートやスーパーが倒産したり、撤退します。お願いだから撤退しないでくれといわれる時代になってしまいました。
小さな小売店もやりにくくなって、おじいちゃん、おばあちゃんが元気なうちはやってられるけれど、もう子供たちはサラリーマンになっています。
子供の頃、三ちゃん農業という言葉がありましたが、商店もそうなってしまいました。浦和駅東口は、広大な新道路はできても、お店はない住宅もないがらんとした景色になってしまいそうです。
それでサラリーマンになった人はどうかというと、これもまた、リストラでひやひやしています。リストラというのも素人には、いまいちよく分からないのです。人間が生き延びなければいけないのに、企業だけ生き残ってどうするんだろうといつも思います。 image
そんな二十一世紀の新しい展望を描いてくれる人がいません。展望なんてないのかもしれません。バラ色の未来はもう二十世紀に達成してしまいました。バラには刺がありました。武器とか、環境汚染という棘、毒が。
二十一世紀は、計画的に縮小していって昭和三十年代のエネルギー消費量、今の百分の一程度ですか、現在のインドや中国のレベルくらいにコントロールしないといけません。
いや逆に、インド、中国がめざましく経済発展を遂げて人口が増え、エネルギーを消費するようになると半世紀で人類は地球を滅ぼしてしまいます。
そうならないように、だんだんと枯れていかないといけないんですね。子供みたいな未来像を描くのはやめましょう。みんなで仙人になりましょうというのが 二十一世紀の願いでしょうか。

(フェイク仙人) 。

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掲載日 : 2001.01.01
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