Enmeiji延命寺

精霊と女性の国 北タイ

 

精霊と女性の国 北タイ

 5 妻方居住と末娘相続

 

 しかしこの家族周期は必ずしも実現するとは限らない。夫方に姉妹がいなければ、夫婦は結婚当初1週間ほど形ばかり妻の両親の元で暮らし、それから夫方で暮らすことになる。また妻方より夫方の方が裕福なら、夫婦はやはり夫方で暮らすことを選択する。夫婦の仕事や経済力によって住む場所も営む家族の形も変わってくる。

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 例えばメー・カイの家の向かい側にあるポ・モエ(父の世代の男性は、名前の上に父という意味の「ポー」をつけて呼ばれるが、その場合「ポ」と短く発音される)の家は村の中でも特に裕福なので、末娘夫婦が同居しているばかりでなく、敷地内に先妻との間の次男一家の家と、現在の妻との間の四男一家の家があった。
 資産があり、社会的に成功している家は、娘の家族ばかりでなく息子の家族も敷地内や近くに住み、大家族を形成するが、反対に貧しいと、娘夫婦すらも生活しやすい所を求めて離れてしまう。タイの人々は幸福をふつう社会的成功と大家族という形で思い描くが、この2つは実質的には同じことの別の表れである。
 私が1999年にアメリカ留学経験のあるタイ人女性たちにインタビューしたときにも、彼女たちは口をそろえて、アメリカ文化に対して仏教徒であることと大家族をタイ文化の価値として挙げていた。また日本人男性と結婚して日本に住むタイ人女性は、タイの大家族への強い郷愁に苛まれると言う。
 しかし現実に即して戦略的に家族の形を選択していくタイの人々も、結婚当初は妻の両親と共に住むべきだという規範と、末娘夫婦は年老いた両親の面倒をみて家を相続するべきだという規範は守らなければいけないと言う。だから妻方に住まない夫婦でも結婚式のあと1週間ほどの間は妻の親の元で過ごすし、親元を離れていた末娘夫婦も親が年老いると戻ってくる。
 ポ・モエの店では末娘が揺りかごを揺すりながら店番をしている。老夫婦二人で暮らしていたポ・ナン・ターオ(「ナーン」は僧経験者)は歳をとってきたので、街から下の娘を呼び寄せた。メー・カイの家にも行く末は末娘のノンヤオ夫婦が戻ってくるのだろうか? それは今はわからないと弟のプルアンは言うのだが。
川野美砂子

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