精霊と女性の国 北タイ

20 幸福の共同体としての家族
 タイでは家族は何よりも幸福をもたらすブン(功徳)を共有し、移譲しあう人々であった(15参照)。日常的に行われるタン・ブン(功徳を積むこと)は僧侶への食事の喜捨であるが、これを行う女性たちはそれを自分自身のタン・ブンとは考えず、家族のためと考えている。私がお世話になっていた大家のメー・カイは、毎朝ソンブンという名の12歳の孫の少年を連れ、蒸したばかりのご飯とできたてのおかずをもって村のサーラーにでかけた。

 サーラーとは柱を立て、その上に屋根をかけた休息所で、ワット(寺院)の境内や村の四つ辻など、要所要所に建てられている。サーラーの柱には家の入り口(2参照)と同じように小さな棚が造り付けられ、水をたたえた素焼きの壺が置かれている。人々はそこで強い日ざしから逃れ、のどを潤すのである。
 サーラーは朝市の品が広げられる場となり、シーロー(4つの車)と呼ばれる乗り合いバスを待つ場ともなり、そして見習い僧の少年たちが二人、ワットから托鉢に来て、それぞれ銀のボールを黄色い僧衣の下に持って立っている場所である。村では托鉢には見習い僧の少年たちが二人ずつ交代で出て、そこで喜捨されたものをワットに持ち帰り、僧侶たちの食事とするのである。

 女性たちは持ってきたご飯とおかずをそれぞれのボールに入れる。おかずは店で売るようにビニール袋に入れて輪ゴムできっちり止めてあるので、他のおかずと入り混じることはない(タイでは惣菜もジュースもビニール袋に入れて売る)。それから見習い僧の少年たちの前にしゃがんで手を合わせると、少年たちはお経を挙げる。それはいかにもおざなりのお経であるが、人々はこのお経によってブンを得るのである。
 仏教理論では自分の行った良い行為がブンであり、それが自分のものとして登録され、蓄積され、蓄積されたブンが良い結果を生む。しかし人々の感覚では僧の身体こそがブンの源泉である。僧の身体とお経と経典は仏教的パワーを発し、ピー(精霊)などによってもたらされる災厄を防ぐ。
 このときご飯を作って持ってきたメー・カイのブンは、連れてきた孫のソンブンにも、くっついてきた日本人の借家人にも共有される。さらにこのブンは、まだ家で寝ていて一緒に来ることのない息子たちにも共有されるのである。
サーラーでメーカイとソンブンがタン・ブンする

タイの村のお祭りは、基本的にワットで村長の挨拶とポ・ナン(僧経験者)の進行のもと、僧侶たちによって行われるタン・ブン儀礼である。それは家族が共同でブンを積み、亡くなった家族にブンを送る機会である。ブンを共有することによって家族は共同のアイデンティティを確認し、ブンを天界の死者に送ることは死者が再び家族として戻ってくることを可能にする。日本の供養と比較すると、人々が死者に対して行う行為とそれが意味するところの違いを見ることができる。

川野美砂子

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