精霊と女性の国 北タイ

10 村の小道
 村での暮らしの始まりに、私は洗濯物を干すロープを借りた家から隣の米倉の間に張った。するといつの間にかそれは私たちの家の外壁沿いに張り直されていた。張り直されたロープを眺めていると大家のメー・カイがやってきて、ここは人が通るので張り直したと言う。
 私たちの借りた、娘夫婦たちの若い頃の住まいだった「離れ」は、メー・カイの敷地の入口からもっとも奥まった所にあったので、家の人たちがここを通ることはないだろうと思って張ったのだったが、やはりここを通る折りもあって邪魔だったのだろうと私は思った。ところが実はこの「離れ」と米倉の間は、個人の敷地内の奥まった空間などではなかった。家人どころか村の人々が頻繁に行き来する小道の一部であったことに気づくまでに、そう時間はかからなかった。
 
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メー・カイの家の西側の幹線道路沿いに住む家々の人々は、メー・カイの敷地の西の境界の垣根をくぐり、「離れ」と米倉の間を通って、井戸に水を汲みに来たり、向かい側にあるポ・モエの店に買い物に来たりする。
 敷地内の井戸には毎日家の人だけではなく、周辺の家々の人々が水を汲みに来た。乾季が進み他の井戸の水が枯れていくにしたがって、この井戸に水を汲みに来る家々は増えていった。この井戸はメー・カイの敷地内にあるけれど、この辺り一帯のいわば公共物だった。例年より雨季の雨が少なかったこの年、乾季に入ってからこの井戸までもがその水位を下げていったときには、地域の男性たちが集まって底を掘り下げる作業を行った。
 ポ・モエの店では、七輪や竹製の飯びつから石鹸、文房具、菓子、寺院に供える供物のセットに至るまで、生活用品すべてを売っていた。村で買い物をする所は、毎朝6時前に幹線道路の4つ辻に来て食料を並べ、1時間もしないうちに終わってしまう小さな市と、数件あるポ・モエの店のような雑貨屋しかない。
 村の家々の敷地の境界は竹を格子に組んだ垣根で仕切られているが、そこには必ずと言っていいくらいほころびのような穴があって、人々はそこをくぐって互いの敷地内を自由に行き来している。村には中央を南北に貫いてランパーンに至る幹線道路と、それと並行して東側を走る道路があって、その間をいくつかの道路が結んでいたが、その他にこうして垣根をくぐり、敷地内を通る小道が網の目のように走っていた。
 私がプライヴェートな空間だと思って心置きなく洗濯ロープを張ろうとしたのは、こうした無数の小道の中でもかなり重要な道であったことは、村での暮らしの中でおいおいわかってきたことだった。

川野美砂子

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