Enmeiji延命寺

延命寺 寺とパソコン

 

title 寺とパソコン

<VOL.90>

 

最 終 回
パソコンやめようか


やむを得ない事情で「寺とパソコン」の連載を終えることにする。
もう読み返す気力もないし、その価値もないが、毎回同じようなことの繰り返しに辛抱強くつき合ってくれた方々に感謝したい。


それなのに情けないタイトルになってしまったのは「ついにお寺のためのパソコンは出なかった」ということにある。
もちろん寺院専用ソフトは両手に余るほどあるし、知り合いにお寺用ソフトを作ってもらったところもある。
しかし組み込み済みのソフトが「お寺セット」になっているものは見つからなかった。
OSやワープロ・表計算が変わるたびに対応仕切れなくなったものの方が多かったのではないか。
そしてよく売られているソフトがお寺にとって最適かどうか、という情報がまことに少ないままである。
お寺がそういう情報を本当に求めているのか、ということも疑問である。
別に「私が人にパソコンを勧めるたびに、勧められた人のほとんどは私が勧めなかったものを買う」という現状にくたびれた訳でもない。
(本当はくたびれたけれど)


会社でも大企業とSOHOでは求めるソフトが違ってかまわないはずなのに「とりあえずみんなが使っているものを」買う会社が多いから、寺が檀家さんの使っているパソコンを買ってしまうの不思議はないのかもしれないが、あまりにも「みんなが使っているからパソコン音痴のお寺さんでも使えます」パソコンを選びすぎたのではなかったか。


いやいやあまりお寺を責めてはいけない。
悪いのはお寺ではなく、ソフトの古い版がすぐに買えなくなるパソコン販売のあり方なのだ。
せっかくいいソフトが見つかってもすぐにOSについていけなくなる。
パソコンも周辺機器もOSについていけなくなる。
それなのに一つ前のOSを手に入れようと思ったらかなりの苦労を覚悟しなければならない。
これは私が取り上げるウィンドウズ・マック・超漢字、残念ながらどれにも当てはまる。


まだウィンドウズ3.1パソコンでも原稿ぐらい書ける
(実は今でも兄が編集している寺報の原稿はウィンドウズ3.1用のソフトで段組印刷をして渡している)のに残念ながらウィンドウズ3.1はフレッツで利用することが出来なかった。
どこかで書いたが、「仕事をする暇があったら新しいパソコン操作を覚えなさい」状態は続いているのである。
果たしてこの泥沼から抜け出せるのだろうか。


ま、それは後に続く人(正確には私が気がつかなかっただけですでに始めている人)の役割である。
業務ソフトの関係でいまだに現役で使わざるを得ない人のためのキューハチ用周辺機器を扱っているところもあるようだし、少し前まではウィンドウズ3.1パソコンをネットワークに組み込む機器もあった。


決して「お寺のためのパソコン情報」の必要性がなくなった訳ではない。
私はこれで終えるが誰か本当に知識を持っている人が活躍して欲しい。
まだ使えるパソコンはたくさん眠っているはずである。


 五十一霜
 莫言短長
 如来掌中
 唯行家常


平仄はずれていて申し訳ない。


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