精霊と女性の国 北タイ

30 北タイの道徳性と家の精霊
 19世紀末から20世紀にかけて北タイに住んだアメリカ人宣教師たちはまた、特に若い女性たちをめぐる道徳性の高さに注目し、それはアメリカの女性たちの道徳的状況と同じであると、当時彼らが考えられる限り最高の評価をしている。

 「適齢期の娘をもつ両親は、月夜の晩には、若者たちに居間を明け渡して、早々に寝室に引き上げてしまう。壁はふつう竹の細板を編んだ物でできていて薄いので、寝室の中からでも音はよく聞こえるし、見ようと思えば見ることもできる。けれど若い女性たちは、同様の状況に置かれたアメリカの少女たちと同じように、彼女たち自身の道義心に任されている。」

 これは、同時代の西欧キリスト教社会の非西欧世界に対する偏見と先入観に満ちた視線を考慮したとき、驚くべきことに思われる。例えば、東インド会社の社員であった福音主義者のC.グラントは、1792年、「イギリスのアジアにおける臣民の社会状態─とりわけモラル、ならびにそれを改善する手段についての観察」と題するパンフレットを執筆している。これは1812年、1831年に議会文書として出版されるのだが、その中で、インド社会は迷信的・呪術的なヒンドゥーイズムのために「長らく暗黒と悪徳と悲惨の中に沈み込んでいた」とされるのである(松井透「イギリスのインド支配の論理」『思想』No.489)。

 北タイのプロテスタント宣教師たちは、さらに、道徳的抑止力になっているのが決して隣人たちの目ではないこと、そしてこの問題に関して女性たちの発言が男性の発言より信用されることを記している。

 「女性はしかしながら、友人たちの監視の目よりはむしろ慣習によって守られていると言った方がいい。慣習が男性に恋人だけでなく、女性の手に触れることすら禁じるのである。男性は恋人を訪問するとき、友人を連れているのでなければ、自分を完全に恋人の支配下に置く。女性が相手の男性をどのような形であれ礼節を超えたと言ったなら、男性がどんなに否定しようと、どの裁判所もそれに耳を傾けることはない。彼は訪問した家の精霊を怒らせたと考えられ、少女の家族に罰金を払わなければならない。その額は慣習によって決定されている。少女がこの権力を悪用することも考えられるが、悪用したことが知れると、少女の家を訪れる男性はほとんどいなくなる。」  

  ここで宣教師たちは、身体接触の禁止という規範が破られた場合、それは「家の精霊」を怒らせたと理解され、罰金が払われるのだということを観察している。
つまり宣教師の目からも評価される北タイの高い道徳性は、「家の精霊」(7参照のこと)たちの監視によって維持されていたのである。

川野美砂子

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