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30 北タイの道徳性と家の精霊 「適齢期の娘をもつ両親は、月夜の晩には、若者たちに居間を明け渡して、早々に寝室に引き上げてしまう。壁はふつう竹の細板を編んだ物でできていて薄いので、寝室の中からでも音はよく聞こえるし、見ようと思えば見ることもできる。けれど若い女性たちは、同様の状況に置かれたアメリカの少女たちと同じように、彼女たち自身の道義心に任されている。」 これは、同時代の西欧キリスト教社会の非西欧世界に対する偏見と先入観に満ちた視線を考慮したとき、驚くべきことに思われる。例えば、東インド会社の社員であった福音主義者のC.グラントは、1792年、「イギリスのアジアにおける臣民の社会状態─とりわけモラル、ならびにそれを改善する手段についての観察」と題するパンフレットを執筆している。これは1812年、1831年に議会文書として出版されるのだが、その中で、インド社会は迷信的・呪術的なヒンドゥーイズムのために「長らく暗黒と悪徳と悲惨の中に沈み込んでいた」とされるのである(松井透「イギリスのインド支配の論理」『思想』No.489)。 北タイのプロテスタント宣教師たちは、さらに、道徳的抑止力になっているのが決して隣人たちの目ではないこと、そしてこの問題に関して女性たちの発言が男性の発言より信用されることを記している。 川野美砂子 ‖精霊と女性の国
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